松本比呂-作詞作曲家・シンガー- エッセイ「幸せならいい・・・。」

幸せならいい....。

ある日、白と黒のブチのメスの野良猫がやってきた。
野良なのに非常に愛想が良く、飼ってもらってもいいわよ~という態度でうちに住みついた。
名前をパンと名づけ、予防注射をうってもらい、うちのネコになった。

ある夏の夜、どんなに遅くなっても一応毎日帰ってくるパンが、いくら待っても帰ってこない。
そうこうしているうちに朝が来て、私はけたたましいネコのSOSの泣き声で目が覚めた。
あの声はまさしくうちのパン...!

飛び起きて泣き声のするほうへいったら、なんと後ろの平屋の空き家の屋根に上って降りれなくてなっているではないか。
夏の日射しはサンサンと屋根を照りつけている。
よ~し、今助けるぞと駈けていくと、
ン?なんかおばさん2人がうちのネコを救出しようと板切れを屋根にかけようとしている。

うちの猫のために、なんと親切な...。と感謝しつつ、近づいてみると、なんか様子が違う。

この2人のおばさんはうちの猫、パンの名前を、ひとりはミーチャン!、もう一人は別の名前(なんかニャーコとかいってたけど、不明)で降りてらっしゃ~い!と各々が呼んでいるではないか。
そこに私が駆けつけ、パン!と呼ぶと、パンは3人を前に、まるで3股をかけてつきあってた女が浮気がばれた時のようなバツの悪い表情をした。(いや、ほんとそう見えたんだって)

3人の飼い主はお互いの顔を見つめあって、軽い戸惑いの空気の中、とにかく救出しましょうということになった。
かくして、ハシゴがかけられ、パンはゆっくりと降りてきた。
3人の差し出す腕のどこに落ち着いたかというと、一番いい加減にかわいがっているであろう私の腕の中におさまったのである。

ひとりのおばさんは、良かった、良かったといいながらも、寂しそうな笑顔でどこかにいなくなってしまい、もうひとりのおばさんと少し会話をしたが、どうもパンは何年も前からこの人に餌をもらっていて不妊治療もされていたことが判明した。
おばさんはそう、あなたが飼い主なの...と、これまた寂しそうにつぶやき、微妙な空気をかもしだしながら、去っていった。
あとに残された私は考えた。はたして自分がパンの飼い主なのか?

パンは何ごともなかったかのように私の腕の中であくびをした。

そんなある日、裏の空き地をダッーと走っていくパンの姿があった。
どこにいくんだろうと2階から見ていると、いつぞやの餌をくれていたおばさんのもとに一目散に向かっていき、おばさんに背中をなでられて、しごくうれしそうにからだを擦り寄せて、煮干しをもらっていた。
おばさんはうれしそうにパンに話し掛けていて、その光景はまさしく飼い主と飼い猫の姿であった。

そして後日、パンは姿を消した。
心配してあちらこちら探したが、やはりいない。
~そうだ、餌をあげてたおばさんに会えたら聞いてみよう~と、以前2階から目撃した場所に何度かいってみたが、これまた2度とおばさんに会うことはなかった。

そのころ、そのおばさんの住んでいた団地には引っ越しトラックがよく止まっていた。
もしかしたらパンはおばさんと一緒にどこかにいってしまったのかもしれない。
もしそうなら、寂しい気もするが、パンにとっては幸せなのかもしれない。
幸せならいい...。幸せであってほしい...。と今も野良猫を見るとパンとあの夏の日を思い出すのである。

written by Hiro Matsumoto in 2003.10 (esssay No.04)

next essay

ページの先頭へ