十二月大歌舞伎(歌舞伎座さよなら公演)


2009
125日 昼の部 (歌舞伎座)

着物で歌舞伎を観る会でしたが、今回は雨天に付き全員断念。

「操り三番叟(あやつりさんばそう)」

  (飛ばし)

新版歌祭文   野崎村(のざきむら)」

 野崎村に住む娘お光(福助)は、父の久作(彌十郎)の養子で、かねてから慕う久松(橋之助)との祝言が、
決まったので嬉しさを隠せない様子。久松は武家の子息でしたが、家名が断絶となり、縁のある久作に
お光と兄妹同然に育てられ、大坂の質屋、油屋へ丁稚奉公に出されていました。久松は油屋の娘、
お染(孝太郎)と恋仲となりますが、店の金を盗んだと疑われ、久作の家に戻されていたのです。
 そこへ、お染が久松に会いにやってきます。お染は久松と添えないなら自害すると言い久松も

心中を決意しますが、久作が別れるよう親身に諭すので、二人は別れを決心します。久作が久松と祝言を
挙げさせようとお光を呼ぶと、お光は尼の姿。二人の覚悟を知り、お光は自身が身を引く事にしたのです。
後を追ってきたお染の母、後家のお常(秀調)に、店に戻ることを許された久松とお染が、大坂へと
帰って行く姿を、お光は涙ながらに見送るのでした。情感溢れる世話物の名作です。

「新古演劇十種の内 身替座禅(みがわりざぜん )

 大名の山蔭右京(勘三郎)は深い仲となった遊女、花子が都へやって来たので会いに行きたいと
思案しています。しかし、奥方の玉の井(三津五郎)が片時も傍を離れないので、会いに行く事が出来ません。
一計を案じた右京は、侍女(巳之助、新悟)を引き連れた玉の井に懇願し、持仏堂に一晩籠ることを許されます。
 ところが右京は太郎冠者(
染五郎)に座禅衾を被せると、花子の元へと向かうのでした。狂言をもとにした
名作舞踊劇を清新な顔ぶれで上演いたします。

大江戸りびんぐでっど

 宮藤官九郎が初めて歌舞伎の作、演出を手掛けた作品。
新島でくさやの干物を作っていた夫の新吉(勘三郎)を殺されて江戸へ出てきたお葉(七之助)と、
彼女を追って来た幼馴染の半助(染五郎)を軸に、くさや汁につかった死人が生き返ってゾンビに
なることでの騒ぎを描いたもの。
ゾンビたちが、もとは新島の仲間であったこともあり、このまま江戸においてもらえるように半助が画策、
 「殺しても死なない」から安く使える、危ない仕事もできる、と持ちかけ、「はけん」という名で働かせる
ことにするのだ。
 「ゾンビ」=「死にぞこない」=「はけん」のほかに、「死にぞこない」=身体障害者的な描写があったり
(ゾンビたちの手足、ものの言い方は、どうみても麻痺のある人のマネ)、プラスして
「りびんぐでっど」=「ゾンビ」=マイケル・ジャクソン「スリラー」のベタな振り付け。
後半になると、「人の罪」と「人の縁(えにし)」を絡めて描く歌舞伎ワールドが展開し始める。
ある意味評価の分かれる作品。

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